Takahashi-Studio

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08.06.20
黒の住宅 見学会


『杉並・黒の部屋を訪れて。』 杉並・黒の部屋は内藤廣氏によるマンションの一室の改装であり、森山明子さんのゲストルーム(セカンドルーム)である。ここは家ではなく、部屋である。というのも、森山さんは同じマンションの中で二戸を所有し一戸を賃貸している。それぞれ本室、書庫、ゲストルームとして三戸それぞれを行き来しながら生活しているからである。 このマンションはどこにでもありそうな普通の築三十年のマンションで、私たちは暗い共用階段を上り、周辺の住宅の町並みをのぞみながら半外部の一般的な共用廊下を通って、その部屋へ至った。 しかしながら、一般的なマンションの玄関扉の向こう側は本来の2DKの空間とは全く違う世界であった。 今まで右手に見えていた何の変哲もないありふれた街並みは、部屋に入った途端、ガラスのコレクションが飾られた展示棚へと変容し、たった3mではあるが、トイレと風呂へアクセスするための廊下ももはや廊下ではなく、場を演出するアプローチ空間として私たちを迎え入れてくれたのだった。 内部は琉球畳が敷き詰められた主室と、ナラの無垢材で造られた卓と椅子、ステンレスの一枚板でできたシャープでシンプルなキッチンカウンターがある食堂とで構成されている。壁は既存のプラスターボードが引き剥がされ、職人の墨出し線などの跡が現れたコンクリートが剥き出しにされたままの状態である。この荒く迫力のある壁が日常からの距離を生み、重く静かなこの部屋の雰囲気を作り上げていると言っても過言ではないだろう。また、東と西側にある開口部はすべて障子で塞がれていて光の入室だけを受け入れてその他は遮断し、「そこにあるべきもの」にのみ居場所を与えているような印象を受けた。 「そこにあるべきもの」とは、数少ない家具と草間彌生のカボチャの油絵、ジャコメッティの写真、中川幸夫の魔の山などの一級品の美術作品である。この部屋に配されている彼らは、ここに住みつき、居座っているかのような圧倒的な存在感を有していた。 そしてこの部屋をハレの場とし、宴を催す時、客人を泊める時、音楽を聴く時、本を読む時などに使っていると森山さんは語り、焼酎を飲み、タバコを吸った。それはなんだかとても素敵な光景であった。一軒の家を持つのではなく同じマンションのなかで必要に応じてテリトリーを増やしていくという自由な暮らし方、三戸の玄関扉を開け閉めするはっきりとした時間の過ごし方はどんな豪邸に住むよりも贅沢で、新鮮に感じられた。 だからなのか、帰りに部屋を出た際には共用廊下や非常階段、そしてそこから見える街の風景までもが、森山さんの所有物のように感じられて素敵なものとして目に映った一方で、玄関扉は重々しく、外壁は実際には薄くなっているのに意識の中では厚みを増したかのように感じられた。 この見学は魔女の秘密の部屋を知ったことで魔法にかけられてしまったかのような不思議で、とても貴重な体験であった。-Data住居No.15 1993年東京都杉並区内藤廣建築設計事務所 設計 Written by Risa Asano